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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

わらしべおじさん

これから話すことは、どうか他言無用願いたい。なぜならば、情報商材として高額で取引されてもおかしくないような大変に貴重な内容であり、それゆえにあまり多くの人に知られるとまずいからである。毎回このブログでは、一流広告マンとしてのわたしの立場からビジネスに効く話のみを厳選して皆さんに発信しているが、今回はビジネスパーソンのみならず、フリーランスや起業家にとっても興味深いものになるだろう。

そもそもビジネスとは何か。それは、「何に投資して、どのように回収するか」ということである。そして、投資した以上の利益を獲得できないのであればそのビジネスに価値はない。しかし、景気がなかなか上昇しない昨今、開業し想定した通りに投資を回収し利益を上げることは困難だ。もし、あなたが起業家で、そのような悩みを抱えているのなら、わたしはこのようにアドバイスするだろう。

「山本さんに言うたらよろしいわ!」。

 

 

とつぜん、山本さんという名前が出てきて不快感をおぼえたり、思わず悶絶・失禁・脱糞等してしまったという方がおられるかもしれない。大変申し訳なかったと思う。もしも、悶絶・失禁・脱糞等によりご自宅の高級ソファーを汚してしまったのなら、その分の費用は遠慮なく山本さんに請求されるといい。

山本さんの本名はだいたい山本太郎さんという。匿名性が高すぎる名前だが、本名だと思う。参議院議員で同姓同名の方がいるけれど、その人とは別人である。わたしのいう山本さんとは千葉県柏市で会社員をしている四〇代後半の一般人男性であり──かつては作家志望者として執筆活動を行っていたが、現在はニコニコ動画でマインクラフトの実況動画をアップするなどのゲーマー活動を精力的に行っている。また二〇〇〇年代初頭には『ポン太のつぶやき』という自作のホームページを運営しており、架空の動物「ポン太(本人曰くタヌキのキャラクター)」として、面白おかしい「つぶやき」を披露し訪問者を楽しませた。これは現在のツイッターのはしりであり、ツイッター社は山本さんのこのアイデアを丸パクりすることで、世界的なSNSサービスを確立させた。

山本さんのファッションは、主にベージュ色で構成されている。シャツはベージュ、パンツはライトベージュ、ジャケットはミディアムベージュ、靴下はディープベージュ、リュックはアプリコットベージュと、全身ベージュ系の服装に身を包んでいることが多く、一見同じ色のコーディネートに見えるのだが、よく見ると複雑なトーンで構成されており、非常に奥が深い。ただ、遠くから見ると裸に見える。

山本さんは、わたしと会うときはかならずおろしたてのスニーカーを履いている(理由はわからない)。足腰が弱いため、二〇〇メートル以上歩くとすぐに「ヘイ! タクシー!」と、タクシーを拾おうとする。そういったことが何度もあったため、都内のタクシーの運転手は山本さんが道を歩いているのを見かけるとキキーッ! と急ブレーキをかけて山本さんの横に車をつけ、運転席の窓から「ヘイ! 山ちゃん!」と言って親指で後部座席を指さす。まさかの「逆ヘイ!」だ。

そんな、山本さんのことである。

 

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山本さんには、これまでも大変によくお世話になった。それは精神的な意味においてではなく、物質的な意味においてである。わたしは、山本さんにいろいろなものをもらった。かれこれ一七年前、上京したばかりのわたしが居候する板橋区のアパートにやってきた山本さんは、そっと部屋の隅に「餅」を置いて帰ったことがあった。

わたしは、六畳の和室の薄暗いところにレトルトパックの切り餅を置いて帰った山本さんの真意がつかめず、たいそう気味悪く感じた。田舎の両親から、「都会には、いろいろな人がいるので気をつけたほうがいい」と聞かされていたので、わたしは上京して早くも「薄暗い部屋の隅を見ると、餅を置かずにはいられない変態」に出会ってしまったのだと思った。

その後も山本さんは家に来るたび餅のみならず味噌、缶詰、桃などを部屋の隅に置いて帰った。こっそりと置いていくので、数日間はそれに気づかず、アルバイトに行こうとして不意に桃を蹴って驚くようなことが何度もあった。

ほかにも、パソコンの裏に哲学者セネカの文庫本を置かれたこともあれば、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンの「フレンズ・フォーエバー」というジャズのCDアルバムを置いて帰ったこともある。山本さんのリュックは常にはち切れんばかりにふくらんでおり、その中になにが入っているのか計り知れない。

結婚してからは「御用」と筆文字で書かれたどこかの土産ものの提灯や、ブコウスキーの小説、春蘭、囲碁盤、といったものをもらった。それらはだいたい、何の脈絡もなく送られてくる。いただけるものはいただくようにしているが、どうしょうもないものは大きめのダンボール箱にいれ、ある一定の期間が過ぎた段階で神主さんにお祓い等してもらったうえで丁重に処分している。しかしすぐにあらたな箱が必要になってくる。山本さんがまたなにか送ってくるからである。

 

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そのような交流は現在も続いており、少し前、いろいろいただくお返しにと妻がバレンタイデーにチョコレート菓子を送ったところ、しばらくしてその返礼品が山本さんから送られてきた。それは柏の有名デパートに入っている洋菓子店の高級菓子で、わたしたちが送ったものの何倍する品物だった。つい先日もちょっとした食料品を送ると、またしても返礼品としてドイツ製ベーコンのブロックが送られてきた。現在わが家で定説になっているのは、「山本さん=わらしべおじさん」説である。

一本の藁を元手にさまざまな物と交換することで巨万の富を得た「わらしべ長者」のように、山本さんになにかを送るとそれ以上の「いいもの」になって帰ってくる。手軽な投資で何倍もの回収が見込めるのだ。

「濡れ手に粟」とはこのことであり、これを利用しない手はない。もし、あなたの家に、穴の開いた靴下や着古したステテコがあったのなら、すぐに山本さんの家に送ればいい。ラルフ・ローレンのハイソックスと乗馬用のキュロットが送られてくるだろう。わたしも最近、「そろそろ新しい財布が欲しいなー」なんて思ったので、長芋の皮を送ってみたところ、革のダイヤモンドと呼ばれるコードバンの長財布が送られてきたのでニヤニヤが止まらない。

「わたしはそんなこと悪くてできないわ」「なんだか、山本さんを利用するみたいだし……」と当初は控えめな素振りを見せていた妻だが、彼女が今首に巻いている艶めかしく光る大粒の真珠のネックレスは、わたしに隠れて山本さんに戸棚の奥にあった豆かなにか送りつけてもらったものらしい。そのあたり、遠慮しておいて実際のところ女性はしたたかだな、と思う。

このあいだなど、「もう、面倒くさいから、やっちゃう?やっちゃう?」とわたしにウインクするもので、「いったい、何をやっちゃうの?」とたずねたところ、「コレよ。コレ」と言って茶殻、野菜屑、焦げた肉、果皮、ふやけた即席麺などの生ゴミがぐんぐんに詰まった流しの三角コーナーを無造作に紙袋に入れて山本さんの家に送ってしまった。二日後、山本さんから籠盛りの「フルーツバスケット」が届いた。

「さすがにこれはないだろう」と思ったし、妻も「それはあまりにも失礼よ!」というので、いっときは踏みとどまったのだけれど、思い切って、風呂場の排水溝に絡まる毛束を送ったみたところ、北海道から毛ガニが届いたのには家族全員で驚愕した。山本さんが自ら浜茹でにしたらしく、中には添状とともに色褪せた古めかしい写真が一枚封入されていた。そこには網走沖で地元の漁師に混じって獲物を捕獲している山本さんの姿があって、鼻をカニのハサミで挟まれているというコミカルなシーンが写されており「いつのやつだよ!」と思わず声が出たのだけれど、右下には刻字された日付には1974.3.30とあり、偶然なのか分からないけれど、それがわたしの誕生日だったこともあって少し怖くなった。

 

そのようなわけで、わたしはフリーランスという不安定な身分でありながら、食いっぱぐれることはない。山本さんからの贈答品だけで、食べていけるからである。

山本さんに贈るものがなくなったらどうするのか? と疑問に思う人もあるかもしれないが、山本さんからいただいたベーコンをすべて食べ尽くす前に、その切れはじを茶封筒に入れて送り返すことで、またベーコンのブロックが届くのだから、これを永久無限に繰り返せばよい。また宝石類などはヤフオクなどに出品することで換金することもできる。このわらしべおじさんがいるかぎり、わたしの将来は安泰だ。ハッピーだ。

 

 

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イラスト/石川恭子