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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

フリーランスを手放しで称賛する

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 イラスト/石川恭子

 

1.フリーランスは働く環境を選ばない

 

「あなたは、なぜフリーランスなんですか?」と尋ねられたのなら、「あなたは、なぜフリーランスじゃないんですか?」と逆に尋ね返したい気分であるが、今あいにく家には誰もいない。だから、さっきから僕はひとりで土壁に向かって「フリーランス最高!」「フリーランス最高!」と叫んでいるのだけれど、通常、都会の集合住宅などでそのような奇声を発すると、すわ性のよろこびおじさんか!と異端を見る目で見られ、動画を撮られてユーチューブにアップされてしまうご時世であるから気をつけないといけない。

 幸いわたしの家は人里離れた仙境にあり、出窓からは見渡す限り水墨画のような煙景が広がっている。だからわたしは、ここでパッションに任せてあらん限りの雄叫びを発してもだれにも咎められない。一般社会であれば、そういう身分の人は世間とのリンクがはずれ、404 not foundおじさんとして、ひっそりと生きるなんてことなるのだけれど、そこはフリーランス。特に自分のような猥雑な文章を書いて生きるものは、こういう環境であってもへっちゃらであって極端な話「締切」さえ守ればなんとか生きていける。ええやろ? 

 

2.フリーランスに制服はない

 

 社会で活動する組織にはドレスコードが存在する場合が多い。なかでもスーツというものはこのご時世においていまだ軍国主義的であり、規律を重視し、半ば強制的に共同体への帰属を義務づけるような野蛮な服装で、ああいったものに身を包んで安心しているようでは真にクリエイティブな発想は生まれない。しかし組織のなかに明文化されたルールがあるのなら、個人の思想で勝手にその禁を破ってある日唐突にピョン吉のトレーナーを着て出社するわけにはいかないと思う。

 その点においてもフリーランスは自由である。我々にとって制服と呼ばれるものは存在しない。そして世の中のフリーランスはだいたいパーカーを着ている。色はグレーである。

 では、なぜフリーランスがパーカーを着ているかというと、パーカーというものは心身共に非常にリラックスできるウェアーであって、常に心のアルファー波がダダ漏れ。そのことによって潜在意識をつかさどる右脳がパッカー開き、知覚が研ぎ澄まされ創造性を最大限に発揮できるのだ。さらにパーカーのメリットとして、初詣に行くと後ろの人が投じた小銭がフードにインしていることがあり、先日もそれで232円ゲット。働かずして報酬を得ることができた。また最近は金持ちが飼っている座敷犬もパーカーを着ていることがあり、セレブリティかつトレンディな潮流に乗っているともいえるだろう。

 

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イラスト/石川恭子 

 

3.フリーランスはバカみたいに儲かる

 

 働けば働いたぶん収入に直結するのがフリーランスの醍醐味である。よって、バカみたいに働けば、バカみたいに儲かるというのは誇張ではない。ただし、税金対策をきちんと考えておかなければ翌年から所得税、住民税、個人事業税、消費税、に加えて縁なしメガネ税、禿税、唇カサカサ税、うどんシコシコ税といった理不尽な税がバカみたいに課税され、手元に残るのはスズメの涙というバカを見るので注意が必要である。バカが言うのだからまちがいない。

 

4.フリーランスは、孤独に負けない

 

「ずっと家で仕事をしているとね、人に会わないから実は結構さびしいのよ。人恋しくなっちゃうっていうかね。そりゃあ人間関係に悩まずに済むのはいいけど、一日中だれとも話さないと自分が世界の中にひとり取り残されているんじゃないかと孤独になるの」。と、以前あるフリーランスの女性から相談をされたので、彼女はわたしに抱かれたがっているのだと思った。なぜかというと、「さびしい=抱かれたい」というゲスい図式がわたしのなかに確固としてあり、揺るぎない。くわえて「牛は牛連れ、馬は馬連れ」ということわざがあるように、馬と牛、馬と犬、牛とガンダム、犬とディーン・フジオカ等とではまるで歩調が合わないが、牛と牛、馬と馬、フリーランスとフリーランスなら呼吸がぴったりと合い、うまくいくということを昔の人はいっており、その夜ベッドインした僕たちもしかり絶頂の時までもを同じくするダブル・ファンタジーに達するのだと妄想したが彼女は「さ、仕事仕事」と言ってそそくさと帰って行った。僕は孤独になった。そして少し強くなった。

 

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 イラスト/石川恭子

 

5.フリーランスは通勤地獄から解放される

 

 江口寿史のマンガだったと思うのだけれど、ぎゅうぎゅうに人が詰まった満員電車が走り出すと、怪獣の手がそれをヒョイとつまみあげて車両ごと火で炙るのである。そして電車のボディをカパッと外すと、中に詰まった人々が香ばしく(電車の、四角い形で)焼き上がっており、スティック状のそれをゴジラが美味そうに食べている。

 二〇年ぐらい前に読んだ作品に描かれていたそのシーンが忘れられず、満員電車で通勤していたときは毎日呪わしいイメージに嘖まれた。突然宙に浮かぶ車両。天地が何度もひっくり返り灼熱の渦が襲う。車内は阿鼻叫喚の坩堝と化し、身動きがとれないまま内蔵が沸騰して弾け、焼け焦げていくサラリーマン。鼻を刺す強烈なにおい。やがて外はカリッと・中はフワッと焼かれた僕たちは怪獣の胃袋に収まる。ああ、おとろしきかな通勤地獄……と回想しながら、月曜日の朝、フリーランスはパンケーキを食べている。鼻歌を歌いながら。

 

6.フリーランスはタフである

 

 フリーランスとして独立したばかりのとき、外出先で使用するポケットWifiを購入しようと家電量販店に行った。まんがいいことに期間限定のキャンペーンをやっている。機種代金も分割払いできるとのことで初期費用もかからず、こらええわと早速申し込んだ。これで自分も憧れのノマドなワークスタイルが送れるのだと思った。スターバックスやタリーズなどの小洒落たカフェで、ノートパソコンを開いてアップルのロゴを光らせるシティーボーイ&シティガールたち。そんな彼らの仲間入りができると鼻の下を伸ばした。もう、だれも僕のことを関西の片田舎から出てきた、ポッと出のコピーライターなどとは言わせない。俺はノマドワーカー。またの名をさすらいのデジタル遊牧民。夜露死苦。って言ってたらローンの審査に落ちた。どうしてでしょうかと聞くと、担当の太った男は汗を流しながらスミマセン審査の内容についてはお答えできかねますと言った。思い当たることといえば、自分が会社に属しておらず収入実績がないためとしか考えられなかった。なんたることであろうか。あのようなポケットサイズの小型機器でさえ碌に買えないとは! フリーランスの社会的信頼度の低さに愕然とした。人間扱いさえされていないような心持ちして思わず、「わしゃ、セミか!」と叫び電柱にしがみついて泣いた。そんなこともあって当時はかなり凹んだものだけれど、一年後には端末を代金一括払いで購入して見事リベンジを果たした。──このようにフリーランスになるとハングリーな精神が養われる。ハートがタフでないと生きていけないのだ。

 

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 イラスト/石川恭子

 

7.フリーランスに退屈な日常はない

 

 なんていうかぁ〜、非日常を体験してみたかったってゆうかぁ〜、ミッキーたちにも会えるしぃ〜、夢と魔法の国ってかんじでぇ〜、来ると絶対テンションあがるんでぇ〜と、ディズニーランドが大好きだという若い女性がテレビでインタビューに答えていたが、わたしはディズニーランドもいいけれども、フリーランスになってみるのもけっこういいよと教えてあげたい。なぜならば、あらかじめ決められたことの繰り返しを「日常」と呼ぶならフリーランスの生活に日常は存在しない。いつも決まった時間に決まった場所へ出向くこともなければ、同じ小言を繰り返す上司もいない。定められたノルマもない世界で、気がつけばなぜかいつも机の前にいて夜中まで仕事をしている。ちょっとでも気を抜こうものなら、“締切”という冷徹なヒットマンに心臓を撃ち抜かれる。常にそんな恐怖に打ち震えながら、非日常に憧れるヒマもないくらいスリリングな日常を過ごしている。

 

8.フリーランスとは生き方である

 

 そしてわたしが辿り着いた結論は、フリーランスとは職業の属性ではなく、ひとつの生き方なんじゃないスかね?ということである。

 今年で四年目に突入したフリーランス生活においては、社会の通念がだんだんと希薄になってきて、最近では「週末」という概念がなくなった。フリーランスにとって、仕事が少しでも残っていればすべて平日。週末など存在しない。祝日もしかりである。「花金」という言葉はもはや夢の国の呪文のように甘美に響く。「有給休暇」だなんて、そんな言語矛盾に満ちた言葉をわたしはけして認めない。ボーナス。なんですの、それ。パンにつけて食べるやつですか? フリーランスは何にも期待しない。ただ連綿と続いていく日々をぶらつきながら、たぶん明日もまた同じことをしている。

 

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イラスト/石川恭子