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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

虐げられたものたち

 「あんまりやおまへんか」と、ゼニゴケは言った。そら、わてらかてルックスの面でいうと、若干同胞に劣るところはあるよ。イケメンかイケメンじゃないかでいうと――まあそれも勝手な言い分やけどね! そもそも人間のいう雑草と雑草でないものの括り方ほど傲慢なもんはありゃしませんぜ、あいつらの美的センスに適うものは美しい名を冠され、それ以外は雑草などと呼び捨て包括されて駆除という憂き目に合う。切ないわ。けどなんぼ見た目がグロテスクやいうたかて、同じ植物の仲間でっせ? 同じように、光合成してることには変わりないんでっせ? 正直、羨ましくないといえば嘘になるよ。同じ苔の仲間でも、スギゴケなんかは、えらいチヤホヤされて、盆栽の引き立て役として引く手あまた、名園と呼ばれる京都のなんちゃらいう寺やら日本庭園で八面六臂の活躍、今日びやと『苔玉』などと呼ばれて若い女の部屋に飾られたりして、スタイリッシュな観葉植物気取り――一昔前までは、同じ日陰の存在やったのに! それに比べてわては……。

 ゼニゴケはアメーバのように扁平した葉状体を震わせ、じゅわっと全身を湿らせ声を絞って泣いた。

 「あんまりやと、思いませんか……グスッ。人間は、わてらを虐げ、退治しようと……ヒクッ。必死なんですわ。そこそこ、本域でくるんですわ。熱湯をかけられたり、酢をかけられたり、ガスバーナーで焼かれたり(ガチですやん)、こないだなんか、素麺のうで汁をザバーかけられて、何を言うんかと思ったら、主人曰く『一石二鳥や』。

 一石二鳥? 一石二鳥ってなんでんの。本来、流しに捨てるはずのうで汁を、捨てんとわてにザバーかけることのそれが何が一石二鳥でんの。あまつさえ、エコやみたいな顔して。なっ、なにがエコやねん。しょうもない。大企業のイメージアップ戦略に乗せられてるだけやないか。そもそも、わしかて自然に生い茂る緑の一部やぞ、それを、それをな……」

 まあまあまあまあ、と彼をなだめすかしたのがナメクジである。「ゼニゴケはん。分かります、分かりますよその気持ち」

 「お前に何が分かるねん」ゼニゴケは卓袱台の向かいに座ったナメクジにくだを巻き、ぐびっと芋焼酎をあおった。

 「ゼニゴケはん。まあ、そう湿っぽくならずに」

 「わしゃ湿ったとこに生えるんじゃ!」

 「そら、申し訳ない」

 「お前に何が分かるねん。なんやお前、お前は身体に何かかけられたことあるのんか!」

 「塩かけられとるわ!」

 ナメクジはくるりと回転して背中を見せた。まだらな斑のある粘膜が萎れて水分がじわりと滲み出し、溶けかかったようになっている。

 「危ない所やった。とっさに庭石の隙間に逃げ込んだんや。まともにあの塩を食らってたら、今頃ぼく跡形も無かったわ」

 にょきりと伸ばした大触覚の先端の目でゼニゴケを見やり、長く影を曳くようなため息と共にナメクジは言った。「『あの殻』があるものは愛されて、『あの殻』がないものは忌み嫌われる。正直、羨ましいてしゃあなかった……子どもの頃からぼくは、任天堂3DSもプレイステーションもいらんかった。ただただ『あの殻』が欲しかったんやゼニゴケはん。ぼくもカタツムリの野郎も分類学的には同じ有肺亜綱(ゆうはいあこう)の柄眼目(へんがんもく)に属するのに、あいつらとぼくらとでは人間の扱いがまるきり違う。塩をかけられたり、殺虫剤やら駆除剤、炎天下のアスファルトに放置されて干涸らび熱死させられたものもおる。まったくもって人間の主観で気色悪いと断じられ――あいつら、人間同士では差別をなくそうなどと言うくせ、人間以外のものには平気でそれを当て嵌めてきよる。自分の心に、そういうものが存在しないと思ているやつほど、平然とぼくらを苛責る。無茶しよる。聞いてえな、ゼニゴケはん。ぼく、分かってるねん。あいつら人間が、枝豆に塩ふるときと、ぼくらに塩ふる時の気分は明らかに違う」

 「当たり前やろ」

 「同じように鼻歌を歌っていたとしても、や!」

 ゼニゴケはだんだん面倒くさくなってきて、ナメクジのつのが向こうを向いている隙に葉状体の先端から出た長い傘の中で精子細胞を発生させ雌器床(しきしょう)に向かいこっそりと泳がせた。

 「未明から小雨が降り続くある六月の午後、雨宿りしようとぼくは紫陽花の葉の下に入った。すると目の前に宿主を亡くした『あの殻』があったんや。突然のことで、思わず逃げだそうとしてしもた。あまりにも思いが強すぎて、やましいような気持ちになってもうたんや。なにせ、小さい頃から恋い焦がれ、憧れ続けてきた『あの殻』やねんもん。背負いたくて背負いたくてしょうがなかった、マーブル模様に彩られた美しい殻表の棲み家に、気がついたらそっと潜り込んでたんや。あんな気持ちになったんは生まれてはじめてやなあ、ゼニゴケはん、ぼくは、マイホームを持ったような気分でうきうきと殻から出たり入ったりしてた。何時間もな。そうやっていつしか殻の中で眠ったもうたんや……。

 甲高い嬌声が上がって、ぼくは目が覚めた。この家の六才になる娘――おかっぱ頭のその子はぼくを指さして言うた『ママ、こんな所にでんでん虫さん!』。えっ、何? と言いながらハイヒールをつっかけて茶髪の若い母親が近づいて来、あらほんと。雨が降ったから出てきたのかな、と言って殻を摘み上げたんや。その手応えがなく軽い感触に彼女は驚き――僅かな沈黙のあと、絹を引き裂くような悲鳴があがった、その瞬間の彼女の顔が今でも目に焼き付いて離れないんですわ」。

 四〇ワットの裸電球が時折かちかちと明滅する三畳ほどの小部屋で、卓袱台を囲み対峙する虐げられたものたちは長い溜息と共にうな垂れた。

 そこへ、鞭のようにしなやかな小顎髭(こあごひげ)を踊らせ、ピョーンと軽やかに跳躍しフレームインしてきたものがある。薄い縞のある栗色の殻に包まれた昆虫はアーチ型の体躯の倍ほどもある長い後ろ足を折り曲げ、ウマのように細長い顔を傾げて「また同じ面子かい」と言った。

 「なんやカマドウマか」

 「ふん。なんやとはなんだゼニゴケ。ご挨拶だな」

 「いや、正直ぼくなんかは嫉妬しますよ、その跳躍力! あーはぁそれほどの機動性がぼくにあればなあ……」とナメクジが恨めしそうな声を出すと「滅多なこと言っちゃあいけねぇよ。あんたは俺の足を羨ましがるけれども、俺あこの足のせいで気味悪がられているんだ」

 「わてなんかは、基本コケでっしゃろ? せやから地面に張り付いて動けやしませんのや。たとえば、人間が本域でたっぷんたっぷんの熱湯を持ってこっちに近づいて来たら、為す術があらしません。茹で殺されるのみですわ。カマドウマはんほどの立派な足――グラビアアイドルが無造作に岩棚に投げ出したような――があれば、なんぼでも逃げられるし、そら、ええなあと思います」

 「だからさ、俺はこの足で苦労してるんだって。それにこの後ろ足、跳躍力はあるが疲れやすい」

 「知らんがな」

 「わてらみたいに、動きたぁても動かれへんことで殺されるのと、動けすぎる器官があることで殺されるのとでは、どっちが不幸なんでっしゃろなあ……」

 「ゼニゴケはん。あんた俺らカマドウマが日々どんな思いで人間から逃れてるのか知ってるのか? あいつら――どういう訳だか俺らに対しては『打撃』をくらわしてくる。やつらに出くわそうものなら、丸めた新聞紙やら雑誌を振り下ろして激しく叩き付けながら容赦なく壁際まで追い詰めてくる。なかなかのハードアクションだぜ? それで、殺られたらガムテープで『封印』される。俺のじいさんはかまどで人間と出くわして火吹き竹で叩き殺された。トイレットペーパーの芯に閉じ込められ、殺虫スプレーを発射され全身毒液塗れになって憤死したものもいる」

 「なんでそこまで忌み嫌われるようになったんでっか?」

 「俺たちは昔から森林でひっそりと身を隠してさ――木のうろとか根の間、洞穴なんかで木の葉や樹液を食料としながら静かに暮らしていたんだ。そこへ人間が侵入してきて、木を切り倒し家を建てた。それでやつらと接触する機会が増えたってわけなんだけど、俺たちは特にこれといった害をもたらすわけじゃないんだ。むしろ蠅とか蜘蛛の死骸を食って家を掃除してやってるぐらいだよ。だけど人間は俺らを容赦なく殺傷駆除の対象とみなす。あいつらが俺らのこと、なんて呼んでるか知っているか?」

 いや、わからん。とナメクジは粘液の筋を残しながらゆっくりと体を左右に振った。

 「『不快害虫』。やつらが、外見を不快と感じることのみで俺たちは『害虫』とみなされている。これって何だ。偏見以外の何ものでもないじゃねえか。俺には夢があるんだ。いつか高層ビルよりも巨大になって、人でごったがえす新宿で思う存分飛び跳ねてサラリーマンを次々と踏み殺す」

 四〇ワットの裸電球が時折かちかちと明滅する三畳ほどの小部屋で、卓袱台を囲み対峙する虐げられたものたちは長い溜息と共にうな垂れた。幽かに啜り泣きが漏れた。

 ブブブブブブブブブブブブと近づいてくる羽音が徐々に大きくなり、全長三十ミリ程、艶のある黒褐色の扁平な体躯をもつ昆虫が卓袱台の面々の頭上すれすれを掠めながら飛来した。

 

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 「ギャーッ! ゴキブリ」ゼニゴケ、ナメクジ、カマドウマは声を合わせて絶叫しその場に屈み込んだ。

 「ゴキさん、驚かせんといてえな!」ナメクジが訴えると「いや、むしろ私もいっそこれぐらいの機動力が欲しい!」とカマドウマが声を張り上げた。

 「贅沢でっせ、カマやん。わてらゼニゴケにしたら、『羽』なんか夢のまた夢や。あんたには、その――グラビアアイドルが無造作に岩棚に投げ出したような――セクシーかつ躍動感溢るる後ろ足があるだろう」

 「さっきから、グラビアアイドルが無造作に岩棚に投げ出したような、って喩えなんですの」

 「機動力といえば、確かにゴキさんはスーパーカーみたいですもんね」ナメクジはにゅーっと触覚を伸ばしてゴキブリの艶やかなボディを眺めた。

 「やっ、あなただって、艶やかじゃないですか」カマドウマにたしなめられナメクジは「アタシのはヌメってるだけです。粘液的なもんです。いや、エロい意味じゃなし」

 「誰もエロいなんか言うてませんやん」

 「ゴキさんが冷蔵庫の下に入っていく様子なんざ、車庫入れのようですもん」

 「IT会社の若社長が、あぶく銭で手に入れたフェラーリを車庫入れするがごとく隙間に入られますやん?」

 「なんやアンタら馬鹿にしてるのか?」長い触覚を揺らしながら、ここでゴキブリが初めて口を聞いた。

 「滅相もない!」皆声を揃えて言ったがそれぞれの口角は明確に約三十度ほど上がっていた。半笑いであった。

 「やっぱりね、ゴキさんの場合はボルテージが違いますやん?」

 「ボルテージ?」

 「やっ、こう人間がね、我々を発見した折のボルテージというか、リアクションでんな。わてらの場合どちらかというとジワッと嫌悪されるというか、そこまで『声』は出ませんやん。ゴキさんの場合はもう登場した瞬間『笑っていいとも!』みたいな」

 「馬鹿にしてるのか?」

 「滅相もない!」再び、合唱するように声を合わせてそれは否定されたが、皆の頬骨は通常の位置が一階だとすると、中二階ぐらいまで上がっていた。

 「タモさん登場! みたいな?」

 「何が?」

 「いや、逆に羨ましいんですよ『持っていくなぁ~』みたいな、紅白でいうとまあ、トリでんな。美空ひばり登場みたいな」

 「そらアカン。美空ひばりの息子さん怒ってくるで」

 「『誰が美空ゴキブリやねん!』いうて」

 「馬鹿にしてるのか?」

 「いや、だからしてませんて。やっぱり大御所クラスっていうんですかね、歌姫? そこまでのステージに至ることがもう凄いですもん」

 「まあ、儂もごきぶりホイホイで母親亡くしてるから――あんまり、そういう話は勘弁してほしい」

 「あっ、それは失礼しました」

 「儂もまだ若かった。つい、おいしそうな匂いに誘われて魔性の家に入り込んでもうたんや――床に粘着液の仕込まれたトラップの……『ゴキオ!』腹を振るわせ、割れ鐘のようにお母ちゃんが俺の名を呼んだが時すでに遅し。儂の長い触覚は、六本の脚はすでにあの忌々しい粘着液に絡め取られてもうた。……なあ、あんたら。ゴキブリみたいなもんに母子愛があるなんて信じられるか?」

 ゴキブリはそれぞれを見回した。「ああ、いや――」とうわの空でナメクジはゴキオのオはどの漢字を充てるのだろうか、と考えていた。

 「危険を顧みずお母ちゃんは儂の所へ駆けつけた。そして儂の腹の下にぐっと頭をねじ込むと『私の体の上を渡って外に出なさい』と言った。ねとつく脚をなんとか引き上げ、儂はお母ちゃんの体を橋にして這々の体で逃げ出し流しの隙間に潜り込んだ。次の瞬間、人間が、ひょいとあの家を持ち上げて中を覗き込み、黄色い歯を剥き出してにやっと笑った。それっきり、お母ちゃんは帰ってこなかった」

 四〇ワットの裸電球が時折かちかちと明滅する三畳ほどの小部屋で、卓袱台を囲み対峙する虐げられたものたちは長い溜息と共にうな垂れた。

 「有史以前から、人間とゴキブリの歴史は嫌忌と殺戮の歴史や。どやあんたら、儂を見て気持ちが悪いと思うか? 正直に答えてくれ」

 三者は互いにちらちらと目配せした後、顔を見合わせてへへっと媚びたように笑い「そんなことないですよ」とお茶を濁した。

 「社交辞令はうんざりだ!」ゴキブリは天を仰いでわなないた。

 ゼニゴケは、コイツどないやねんと思った。

 「実際、風呂場で儂を見た人間の悲鳴の凄まじさたるや、どんなもんか聞いてみたらよろし。いっぺん聞いてみたらよろし。もう、忘れられやしませんね、もの凄いデシベルしてるから。お前は米軍機か、いうぐらい。それで儂も間の悪いことにやね、窓が閉まってたもんで扉の方から逃げよう思って羽を広げたら、素っ裸の人間に向かって飛んでいく格好になって――」

 「昨晩の物凄い悲鳴は、それだったのかい。床下まで、この世の終わりみたいな声が響いてましたよ」とカマドウマが言うと、ゴキブリは腕を組みながら苛立たしそうに大げさやねん、と独りごち「あいつら――あいつら人間は儂の見た目や動きから一方的にグロテスクと断じ、様々なやり方で我々の息の根を止めることばかりを考えてきた。今日びスーパーマーケットの棚を覗いてみれば駆除用品の豊富なラインナップたるや母親の命を奪った例の『ごきぶりホイホイ』をはじめ、『ゴキブリゾロゾロ』、『ゴキブリキャッチャー』、『ゴキブリ激取れ』、『ゴキブリメチャとれ』、『ゴキとりフェロモン・スキマジック』。この、隙間とマジックを掛け合わせた造語を考えたやつ。めっちゃ腹立つ」

 「ぼくかて言わしてください」ナメクジが気色ばんで喚いた「『ナメトール』っていう製品。なめんな!」

 「ほしたら、わてらの『苔取物語』ていう製品も、腹立ちまっせ。何をお伽噺みたいに、ええようにいうとるねん。美肌水から生まれたっていう宣伝文句もわけわからん」

 「俺たちは人間が生み出した駄洒落グッズで面白おかしく殺される運命なんか!」虐げられたものたちは声を合わせてわなないた。

 松の水墨画が描かれた襖がスーッと開いて、ついに、そのものが登場した。いっせいに振り向いた刹那ゼニゴケ、ナメクジ、カマドウマ、ゴキブリは、深々と平伏し床に頭を擦りつけハハーッとお辞儀した。巨大なフリーザーから絞り出されたソフトクリームのような、威風堂々たる糞便であった。

 「おぬしら、ここでなにをしておるのじゃ」

 糞便は黄金色の扇子を開き、優雅に扇いだ。茶色から黄土色にグラデーションして角立つその頭上に止まっていた二匹の蠅が飛び立ち、プゥンと旋回を始めた。汚穢特有の腐敗臭を含む激烈なにおいが部屋に充満した。

 「これはこれは巻き糞様、お元気そうで」ゴキブリが半身を起こし、糸鋸のような短い前足をすり合わせながら言った。

 「ウム。今日は巻き具合が若干思っておった感じではないがの」

 「いやいや、もの凄く立派でございますよ!名古屋城は天守閣に燦然と輝く、しゃちほこのようでございます」そう言ったあと、ナメクジは触覚を後方に倒して本能的に大便から目を背けた。

 「今日はなんの寄り合いじゃ?」

 「いかに、我々が人間から虐げられてきたかを発表しあっていたところです」

 「さぞや、苦労されておるようじゃな皆の者。よくぞ生き延びてくれた」

 「恐縮です。巻き糞大王様にそうおっしゃっていただくとわてらも報われます」

 「朕とて今日は危機一髪であった。人間――手前の創造主――が出先でもよおしての、水洗便所に駆け込んだんじゃが生憎――朕にとっては命冥加なのじゃが――すべて使用中で自宅に急ぎ戻って脱糞したので今日ここに来られたというわけじゃ」

 「俺たちは便所コオロギと呼ばれて久しいですけど、今日び汲み取り式便所も少なくなってまいりました」とカマドウマは言った。

 「近々当家の日本家屋も改築という話が出ておる。厠が近代式の水洗になるのもどうやら時間の問題のようじゃ。そうすればお主らとも暫く会えなくなるが――」

 「それは淋しゅうございます巻き糞殿下。実は我々も厠の脇にありますブロック塀の下に群落を形成しておりますゆえ、リフォーム時に駆逐されやしないかと心配です」ゼニゴケは円盤状の無性芽をぱくぱくとさせながら言った。

 「もっとも、そう会いたいとも思わぬが」 

 四〇ワットの裸電球が時折かちかちと明滅する三畳ほどの小部屋で、卓袱台を囲み対峙する虐げられたものたちは乾いた笑いを笑った。

 「まあ、そうおっしゃらずに巻き巻きキング。我々にとっては貴方を拝顔できる栄に浴することが何よりの慶事」とゴキブリが言うと、うんこは黄金色の扇子を閉じて静粛に首を振り「もういい。そのようなべんちゃらなど聞きとうない。どうせおぬしらも内心では朕のことを汚らしく思っておるのだろう。醜悪なものとして、忌まわしき不浄の存在として見ておるのだろう。ナメクジ。貴公先ほど触覚を後方に倒して咄嗟に朕から目を背けただろう」

 息を飲み、言い淀むナメクジに構わず糞便は「別に責めておる訳ではない。それとも今更なにが責められよう。もはや疑う余地もない。人類の、そして生きとし生けるものの汚物の総意。それが私だ」

 「ままままま、まあね、他にも汚れたもんは沢山ありますやんか。雲脂とか水虫とか歯くそとか」咄嗟にフォローに回ったゼニゴケであったが「歯くそも糞やないか!」と言われ撃沈した。

 口元を斜めに歪め、自虐的に笑って糞便は続けた「最低の人間のことを人はこう呼びます『あいつはうんこ以下の人間や』と。この時、表されるうんこは、“これ以上、下がなく、これ以上、汚いものがないもの”として喩えられている。また、口惜しいことや辛いこと、侭ままならぬことがあった時、やつらの口をついて出てくる言葉がある――『クソッ!』。朕は自分が呼ばれたのかと思い、振り返ってしまう時がある。毎度! みたいな顔で」

 ゼニゴケはちょっと笑ってしまいそうになるのをぐっと堪えた。

 「この、汎用性の高さも朕にとっては侭ならぬ。そして何が一等侭ならぬかというと、わたくし自身、侭ならぬことがあった時『クソッ!』と思わず言うてまう時がある。この『クソッ!』は、自分のことなのか、それともまた別の糞便を想定しての『クソッ!』なのか、どっちなのか、分からしませんねや」

 ナメクジとカマドウマはこんもりと盛り上がるほお骨を悟られないよう咄嗟に首を回転させて部屋の片隅へ視線を逃がした。

 「学校で朕を産み落としたがゆえ、同級生に囃され、心に深い傷を負った子供がいる。いざこざがあって『水に流そう』という時、朕の名称は出てこないが、間違いなくわたくしのことである!」

 四〇ワットの裸電球が時折かちかちと明滅する三畳ほどの小部屋で、卓袱台を囲み対峙する虐げられたものたちは長い溜息と共にうな垂れた。

 「ああ! 甘ったるいロマンティシズムに鼻の下を伸ばし『出逢いは一期一会』とやつらが口にするとき、それは人と人とのことである! 私とて、尻からの、たった一度の存在であるにもかかわらず――皆様やっとお目にかかれまして候。こんばんみ。尻から出てきたうんこでござる。ボクちん、うんこでございまするるるるるるる~~~~~~。全然、ボクのこと見てくれませんやん、ケツ拭くとき、拭き切れたかどうか、見るときだけですやん。チラ見ですやん。何スか。ボクの存在って何スか。もう一個いいですか、部長クラスが得意先で平謝り、その夜の赤提灯で同僚に『いやぁ、今日は部下の尻拭いでねえ――』と言う時、明らかにその拭った尻についてるのはうんこやん? なんや、悪い喩えみんなワシか。なんの普遍やねん。どんなテーマやねん。いつからやねん?ワシには夢も希望もないのか?オ?オ?おおおおォ?」

 糞便は、すっくりと立ち上がり古い杉戸棚の扉を観音開きに開けると中から散弾銃を取り出して頭に押し当て撃ち抜いた。乾いた鈍い音がして漆喰の白壁に激烈な薔薇が咲いた。同時に飛散した一弾が電球を打ち抜いて小部屋は墨汁をこぼしたような漆黒――。

 やがて沈黙を破り、どいつかが「シャワー貸してくれへん?」と言った。

 

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イラスト/石川恭子