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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

便意の人

「人のために、よいことをしたい」と考えるのが〈善意〉であり、「あほんだらボケカスいてこましたろか、呪うぞ」。と他人に危害を加えようとする思惑が〈悪意〉である。そして「大小便がしたい」と感ずるのは〈便意〉である。

興味深いことに、善意の人も、悪意の人も、ひとたび激しい腹痛に襲われたらならば、もれなく「便意の人」になる。決意はケツ意に翻る。決意はひとつだが、ケツ意は最初から割れている。この思考を推し進めた結果、

「人間とは、便意である」 

というおそろしい真理に行き着いてしまいそうで震撼している。便意が人に与える影響というものは計り知れないのだ。

 

そしてご多分にもれず、その日わたしも便意の人であった。わたしは、常日頃からよいことがしたいと思っていたし、家族や友人たちとよろこびを分かちあいたいとも思っていたが、そのときはただうんこがしたいと思っていた。他人を押しのけてでも、自分の便意を押し通す覚悟だった。神さまに、わたしのかわいらしい肛門を見てほしかった。混じりけのない、ピュアな気持ちだった。

 

「何が君に起こったんだ。何かが君をケっ飛ばした」

 

というのは、真島昌利のファーストアルバムに収録されている『さよならビリー・ザ・キッド』からの一節だが、さしずめわたしという純粋な魂を蹴飛ばしたのは便意である。貴様さっきから便意便意といっているが何のつもりだ。便意をおぼえたのならば、便意について論ずるよりも早くトイレに行って便を済ませればよいではないか。そのような性急な現実主義者に対してわたしはうんこを投げてやりたい。ゴリラがそうするように、うんこを投げつけてやりたい。さぞや、スッ とすることだろう。人間のちっぽけな悩みなど、うんこを投げることで解決することばかりである。

だが、人間はゴリラではない。気持ちよかったのでもう一度いうが、人間は、ゴリラではない。そのことに気づいてしまった人間は社会を形成し、職業を持って生計を立て「◯月×日インタビュー取材に行ってくれまへん?」と依頼されたならば、口内炎の痛みに耐えながらも「了解しました」と答え、スケジュール帳に書き込み、家を出る前にはしゃっと外面を整え、玄関を開けたときにほのかな便意を感じたとて、約束の時間に遅れるわけにはいかないという、社会的責任感の強さから家を飛び出すなんていうことは、だれしも経験があることだろう。

 

●●

  

便意というものは寄せては返す波のようで、それが次第に大きくなり、波乗りジョニーを伴ってやってくる。最初は「ぼく、サーフィンはじめてですねん」と、砂浜でしおらしく足首を濡らすぐらいであった “リトル・ジョニー”がだんだんとこう、発育・発達し、最終的にはグラサンをかけ、ウェイウェイでやってくる。

あ、こいつ、完全に調子に乗っているなと思ったのは、ジョニーのあほんだら尻の穴付近で、エリートサーファーでもなかなか決められないといわれるエアリバース、オフザリップ360、カットバック360といったエキサイティングな回転技を次々と決めてくる。──それでわたしは、こういう言い方は今どうかと思いますが、オカマみたいな歩き方になって、尻をきゅっとしたうえで、駅まで大便をこぼさぬように、目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、時代おくれの男のように一歩一歩、あゆみを進めておったわけです。脂汗をたらたらと流しながら、もしここで気を緩めれば、「脱糞コピーライター」という不本意極まりない肩書きを一生背負ってしまうかもしれないといった畏れを背中に感じながら。

そうしてJR横須賀線北鎌倉駅のレトロな駅舎が見え、改札をくぐり抜けてわたしは、すぐにトイレへと急ぎたかったのだけれど、悩ましいことに、あと3分で電車が到着するという非常に微妙なタイミングだった。ここでまた新たな課題──糞便にかかる各行為の概算時間をシミュレーションしなければならないという事態に直面した。

 

【脱糞スケジュール(※カッコ内は所要時間)】

01. トイレに入る(10秒)

02. 尻を出す(5秒)

03. きばる(20秒)

04. 大きく息を吐く(5秒)

05. 排便する(20秒)

06. 03〜05を繰り返す

07. 尻を拭く 初稿(5秒)

08. 尻を拭く 初稿戻し(3秒)

09. 尻を拭く 再稿(5秒)

10. 尻を拭く 再稿戻し(3秒)

11. 尻を拭く 念校(5秒)

12. 流す。ズボンを上げる(5秒)

13. 手を洗う(10秒)

14. ホームに向かう(20秒)

 

このように、脱糞を完遂するためには最短でも2分前後は見ておかなくてはならないということが判明した。で、あれば3分後に来る電車に間に合うのではないか? とこれまで一度もうんこをしたことがないアイドルの女性諸君は思うかもしれないけど、これまでうんこばっかりしてきた中年男性のわたしとしては、

「問題は6番やね!」

と、大きい声で言います。

つまり、いっぺんにズバッ! と終わればいいのだけれども、それは脱糞の本質を理解していない理想主義者のいう机上の空論というやつで、糞便には糞便のリズムがあり、その時の体調や腸内の収容物によってはいっぺんにズバッ! と終わらないケースが往々にしてある。また、初稿戻しの内容いかんによっては、全体のスケジュールが後ろ倒しになることも日常茶飯事であり、じっさい排便の時間というものはフタ(菊門)を開けてみないと分からない。

そういった不可測の事態が発生するリスクを避けたいと思ったわたしは、3分後にやってくる横須賀線の車内──最後尾の車両のトイレでゆっくりと「こと」を済ませたほうがよほど堅実であり、かつ精神衛生上もよろしいという結論に至った。なので改札からホームへと軽やかに、まさか「尻にうんこが挟まってるなう」な男だなんて、だれにも悟られないぐらいのステップで降り立ったのだった。

 

そうしてわたしは、あとほんの少しの辛抱だからと自らの気持ちを落ち着かせるべく、「リラックス&リフレッシュ」とラベルに書いてあった『富良野ラベンダーティー』という、女子好きのするペットボトルのお茶を自販機で購入。遠くで鳴る踏み切りの音を微かに聞き、電車が近づいてくることを確信しながらゴクゴクと飲んだ。

そうしたらば、眼前に広がる紫色のラベンダー畑! 爽やかな夏の風のように鼻腔へと吹き抜ける甘い香り! わたしの心は遠く富良野の地へ飛ぶ──かと思いきや、やにわに便意に絡め取られたそのやさしい花の香りは「トイレの消臭剤」という下品なイメージへと失墜し、もっというと、ろ紙をマックスに引き出した小林製薬の「トイレの消臭元(やすらぎそよぐラベンダー)」というやるせない具象へと姿を変え、飲めばのむほど、つややかに光る陶製の便器が自分の目の前に立ち現れるといった責め苦を味わいながら、その永遠のような時間に耐え続けたのです。

 

f:id:hanaana:20160523095810j:plainイラスト/石川恭子