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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

或る日、サーモンの気持ちになって。

尻を流水で洗うようになって久しく、今でこそ一般家庭にも普及する温水洗浄便器だけれども、「TOTOウォッシュレット」が登場した当時というのは、尻は紙で拭くものであり、水で洗うという概念が一般に浸透していなかった。あまりに画期的なその新商品を世に送り出すには、どのようなキャッチコピーが相応しいか──。コピーライティングを担当した仲畑貴志は、そのときふと尻の気持ちになって(なかなか、なれるものではない)こう表現した。

お尻だって、洗ってほしい。

世の中の商品は商品である以上、すべからくお客様に購入していただきたいわけで、その商品の機能性や実用性をことさらにPRするのが常だけれども、そのような理に訴えるのではなく、あえて擬人化して伝えることで、なにやら生々しい関係性をそこに持ち込んでしまった。そのことで人は、そういえば尻のこと、あんまりちゃんと考えてやったことなかったよな。アイツ(尻)、元気でやってるかな。たまには電話でもしてみるか、と多摩川の土手に寝そべって夕焼けに染まる雲を眺め、素直になれなかったいつかの自分と自分の尻のことをぼんやりと考えてしまうのである。──

 

そのようなすばらしいコピーライティングのアーカイブにふれて感ずるのは、「擬人化のテクニックって大事やん」、ということである。そのようなワザを身につけたい。ぼくも駆使してみたいなあと常々思っていたところ、その願いが通じたのか近ごろ身の回りのものが自分の意を介さず勝手に喋りはじめた。

たとえば、きつねうどんが「はよ食べな、のびるで」となれなれしく話しかけてきたり、靴下が「今!納豆!踏んだ!」などと言ってくるのでけっこう五月蠅い。

先だってもギョーザを食べようと小皿にタレを作っていたところ、テーブルの上の醤油と酢とラー油が、それぞれ主張し合うのである。

 

●醤油「今日ちょっと酢が多いような気がするんですけど」

●酢「いやいや、そんなことおまへん。分量はきっちり計ってます」

●ラー油「僕のポジショニングについては、皆さんどう思てるんかな? あえて問うてみたいんやけど、なんやろ、ちょっとこう『軽く見られてる』っていうか、料理のアクセント的なもんぐらいの感じで僕のこと見てませんかね。あ、ゴメンなさいね、めんどくさいこと言うて」

●醤油「けっしてそんなことはないよ。ただ、これは科学的に証明されてることやけど、餃子のタレの黄金比は〈醤油:5 酢:4 ラー油:1〉ということにはなっているよね」

●ラー油「それはあくまでも多数決であって、料理の味というのは個人の嗜好性も大きいですから。僕はラー油が3でもいいと思ってます。個人的には〈醤油:4 酢:3 ラー油:3〉」

●酢「そら体に悪いわ! 早死にしそうな調合やね。その点、有機酸が豊富に含まれている酢は近ごろ美容と健康への効果が注目されてるでしょ? 伝統的な日本料理にも酢は必要不可欠やし、僕に言わせりゃ、〈醤油:3 酢:6 ラー油:1〉」

●醤油「考えてほしいのは、餃子の「うま味」を、まず受け止めているのは誰かということなのね。究極、餃子のタレにおいて、酢がなくても、ラー油がなくても、醤油だけあれば事足りるということを考えれば、おのずと答えは見えてくるんやないですか?〈醤油:10 酢:0 ラー油:0〉」

●酢「コイツには前からそういうところがあると思うてたんです」

●ラー油「そう思うてたとしても、じっさい本人前で言えます? 完全に慢心しているよね。国民的調味料を気取りやがって!」

●醤油「やっぱり不動のセンターは醤油!」

●酢「酸味によってバランスを生み出しているのは酢!」

●ラー油「最終的に味を引き立てているのは、ラー油!」

 

いうて、頭のなかで侃侃諤諤。醤油!酢!ラー油!醤油!酢!ラー油!とダイニングテーブルの上でそれぞれが叫喚する事態に相成って、気がついたときギョーザは完全に冷めていた。

 

●●

 

またこの前も、取材終わりに駅ナカのスーパーを歩いているとわたしに激しく訴えかけてくるものがあった。

それが、鮭だった。

鮮魚店の店先で、鮭はブチ切れていた。いきなり、鮭はブチ切れていたのだった。なにをそんなブチ切れることがあるのか。鮭が。と思い、おまはん、いったい何がそんなに腹立たしいのか。わてが口寄せしたるさかいにいっぺん思う存分話してみたらどないや? と促したところ、鮭はハンケチを噛みしめこのように話しはじめたのである。

 

●鮭「ほんまに、くやしいんですわ」

●わたし「いったい、なにがそんなにくやしいねんな」

●鮭「まあちょっと聞いてください。ごっつ腹立たしいんですわ」

●わたし「なににそんなに怒ってるねんな。顔真っ赤にしてからに。これがホントの紅鮭いうて。うふっ」

●鮭「そういうとこです

●わたし「なにが?」

●鮭「人間の、そういうところなんですよ、私が苛立たしいのは」

●わたし「他愛のない、だじゃれやないか。そんなに青スジ立てることはないやろ。いくら君が『青魚』やいうても。おほっ」

●鮭「だから、そういうとこです

●わたし「なんやねん」

●鮭「言うときますが、鮭は白身魚です。皮の色は銀色です。赤身魚ともよく間違えられます」

●わたし「サーモンピンクいうぐらいやからね」

●鮭「まさに、それです。わたいが言いたいのは。人間ちゅうのは、なんて身勝手なんやろと。あのね、今サーモンピンクって言いましたよね」

●わたし「言いました」

●鮭「かーっ! なんですのん。サーモンピンクって?」

●わたし「そら、サーモン独特のピンク色のことでしゃろ?」

●鮭「逆に聞くわ。どんな色?」

●わたし「まあその、なんちゅうか、淡い朱色ですわな。ぱっと思い浮かぶのが、コンビニの紅鮭弁当に入っている鮭の切り身の色」

●鮭「鮭を前にして、よう『紅鮭弁当』とか言えるな。どんだけデリカシーないねん」

●わたし「だから、鮭を焼いたときの色でしょ?サーモンピンク」

●鮭「まさにそうです。だけど、そんな勝手な話がありますか?『焼いた身の色をもってして、サーモンピンク』て。それ、あんたらの都合やん。あんたらのなじみで勝手に、焼かれた時の色を代名詞にされても困りますがな。わたしの友人で、泳いでる姿が鮎に似てたからいうてその名がつけられた『アユモドキ』さんも、けっこうそのことについては怒ってましたな。あの人、本来ドジョウの仲間ですからね。ええかげんな名前つけやがって、いうて。スベスベマンジュウガニさんも、自分の名前については一家言あるようでした。『マンジュウと名前につくが毒があるので注意』言われて、『お前らがつけたんやないか!』言うて、だいぶ切れてましたわ。『食べたらアカンねやったら、マンジュウってつけんな!』いうて。もっと言うたら、昆虫ですけど葉虫の仲間の『トゲナシトゲトゲ』に至っては、トゲがあるのかないのかハッキリしてくれ。形容矛盾も甚だしいわ。なんやその、『辛そうで辛くない少し辛いラー油』みたいな。辛いのか、辛くないのか。どっちや! 言葉遊びばっかりしてからに。自分ら、ホンマ、ええかげんにせなあかんわ! ほな、さいなら~

 

そう言って、鮭は勝手に舞台袖にはけていったので、これで終わりみたいです。

 

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イラスト/石川恭子