読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

天下泰平の話

大家さんからいただいたタケノコ、もう水煮してあるから(手間がはぶけて)パラダイスよ〜!という雑な感想については、さらりと聞き流していたのだけれど、そのあと、どれぐらいの数のタケノコをもらったのかというわたしの質問に対して、妻の「山のように!」という返答については聞き捨てならんかった。

 わたしは、つい「林じゃないかな?」と静かに語気を荒げたのである。

 だって、ね、タケノコが生える場所といえば、だいたいが竹林でしょう? まあ、山のなかに林がある場合もあるけれど、基本、タケノコは林である。つまり、これ、わたしが何を言わんとしているかというと、ここでタケノコのことをたとえるのに「山」が出てくるのは、非常にややこしいのではないか。『読者』に対してわかりにくいのやお・ま・へ・ん・か? と文筆を生業にしているものの矜恃として一言、妻に警告をあたえたわけである。

ほしたら、嫁はん、何て言うたと思います? 「ンもう、ダーリンったら、プロ意識が高すぎ!」とオデコをツン! とでもやるのかと思いきや、ぼくの顔をまじまじと見て「病気! 病気!」言うんです。これにはもうぼくもカッチーンときて、そのへんにある消しゴムとかクリップとか領収書とかを投げたったら、妻も負けじと応戦してきて、まな板(檜)、チーズグレーター(刃物)、冷凍うどん(カチコチ)、を投げ飛ばしてくる派手な空中戦とあいなり、ただこれ、みなさんよく考えてみてください。台所と書斎とでは身近にある道具のスペックというか、武器としてのポテンシャルがぜんぜん違いまっしゃろ? すわ攻撃力の高い、すりこぎ、ピーラー、鬼おろし、肉切り包丁(名前がこわい)、熱湯、といった台所帝国軍擁する強力な布陣に対して、こっちはボールペン、茶封筒、色えんぴつ、しおり、目薬、といったアイテムしか持たない弱小デスクワーク国であり、戦局は広辞苑を盾に防戦一方。押しに押され、追いまくられて最終的には処刑される運命なのである。

 

●●

 

このように、日常生活において、つまらない職業意識というものを持ち出すとろくなことがないということは、わたしの割れたメガネが如実に物語っている。沈黙は金という言葉があるが、あまり余計なことを言わず、口を噤んでおくことが得策である──と、わかってはいるのだけれど、逃れられないカルマなのかしらん、どうにも尻がムズムズする局面は次々とおとずれる。

先日もある仕事の打ち上げ兼飲み会に参加し、そこでとんでもない目にあった。

飲み会といっても、相対するのは基本的に顧客(お得意)であり、フリーランスである自分の周囲はほぼクライアントばかりであった。食していたのは「アンコウ鍋」。味噌仕立てで味付けされただしに、コクのある「あん肝」が溶けて美味なる冬の味覚である。店の看板料理でもあるその鍋をスタッフ一同で囲み、宴たけなわの時分であった。

取材時の苦労話などに花を咲かせつつ、五十がらみのBディレクターははふはふとあんこうの身を頬張り、でっぷりとした腹をさすりながら、こう言い放ったのである。

「いやあ、このアンコウ鍋の味は、味噌がミソだねえ

このような他愛もないジョークに対して、わたしの社交能力がもう少し高ければ、愛想笑いのひとつも挟んで、風に吹かれる柳のごとくさらりと受け流してしまえただろう。だけれども、人に合わせるのが少々不得手な自分は、地蔵に変化してその場をやりすごそうと思った。のだけれど、席が悪かった。くだんのディレクターは鍋を挟んでわたしの真向かいに鎮座ましましており、その自信満々のギャグを放ったあと、訴えるような熱視線をわたしに送った。

 

地蔵になりそこねた自分は、なにか言葉を発しようと思ったが、もしそこで声を出せば激情にかられてろくでもないことを口走ってしまいそうな気がして必死でこらえた。

と、いうのも、『味噌がミソだよね』っておっさんこれ、完全にだじゃれのフォーマットで言いましたけれども、これは、厳密にはだじゃれではない。だじゃれというのは、たとえば、「布団がふっとんだ」「イルカは居るか」といった、別の意味を持つ単語同士を韻で結んだ言葉遊びをいうのが基本的な定義であって、「味噌がミソだよね」というのは、元来、味噌が味付けにおいて肝要な調味料であり、それが総じて様々な物ごとの要となる事柄を「ミソ」と呼ぶようになったのであって、味噌の意義から発生した喩えである以上、「味噌がミソだよね」というのは、意味が戻ってきているだけで、断じてだじゃれではないッツツツツツツツツツ!とエキサイトし、箸を持つ手がぶるぶると震えだした。あかん、これは、この状況を放置したら、日本が、日本語が、日本の笑いが、むちゃくちゃになってしまうという危機感を抱いたわたしは、ヌックと立ち上がり、おい、おっさん! お前が言うたんはな、断じてだじゃれやないぞ。なんか、えらい気持ちよさそうな顔してたけどな、ええか? お前が言うたんはな──と荒ぶりかけた刹那、もうひとりの得意先のおっさんが赤ら顔で、げらげら笑いながら言った。

「いやいや、Bさん。このアンコウ鍋の味は、きっと、肝がキモだよ

かぶしてきやがった。だじゃれ110番があったら、今すぐに通報せねばならない。この二人を逮捕しなければならなない。おまわりさん、こいつらグルです。

それにしても、なんだこれは。こんなにだじゃれの民度が低い場ははじめてだと気が遠くなりかけながらも、わたしは使命感からふたたび気を取り直し、あのな、今日はお客さんとか抜きで言わしてもらうけどな、君らが言うてることは、根本的・抜本的に大いにまちごうとる! と勇気をふりしぼって言おうとしたとき、今度はわたしの横にすわっていたデザイン会社の若手女子が、春色のスニーカーで犬のうんこを跳び越すがごとく軽やかに、

「ンもう、親父ギャグやめてくださいよ〜」

とサラリと突っ込んで、笑いの沸点の低いその現場がアハパ・*:.。:*・゚ウフプ・*:..:゚エヘペ。.:*・゚オホホ.。.:*・゚クスクス.。.:*ルルルルルルルルルルルルルルルルルとなって、

 

 

ホーホケキョ!

 

ほう、もうウグイスの季節か。

殿、お茶が入りましてございます。

苦しゅうない爺、こっちへ持って参れ。

春でございますね。

春よのお〜。

戦乱もなく、平和でございます。

まさに。こうしてぽかぽかとした日なたに座っておると、極楽のような心地がするわい。天晴れ、天晴れ、世は天下泰平じゃあ〜。  

 

f:id:hanaana:20160517000203j:plain

 イラスト/石川恭子

 

と、しあわせの坩堝と化し、どの顔を見ても笑顔・笑顔・笑顔。どこぞの阿呆ですか? こんなうれしいたのしい大好きな現場に「だじゃれの定義」なんぞ持ち出してごちゃごちゃ言うとるハゲちゃびんは。いっぺんぶぶ漬け喉に詰まらせて死なはったらどないですか? というムードに包まれたので、ぼくも肩をすくめてエヘッ! と笑ったのです。