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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

トリップトラップチェア

 

デザイナーのピーター・オプスヴィック曰く、その椅子はただ座るだけのものではない。赤ちゃんから大人まで、すべての人が使えるものであり、子どもの身体をサポートし、安全を確保しつつ、自由に動いてまわりの人々とコミュニケーションできるようにデザインされたもの、ということだった。

なるほど、販売メーカーがうたう「子どもへの愛があふれた椅子」というのもナットクである。実際にわが家でも息子が小さいうちから現在に至るまで愛用しているし、自分は仕事柄インタビュー等でさまざまな家におじゃますることが多いのですが、その先々のお宅で見かけることも多い。子ども用チェアのロングセラー商品というだけあって、流行にとらわれない上品でシンプルなデザインはどのような空間にも溶けこみ、インテリア性も高い。トリップトラップチェアは、うつくしく、普遍的なデザインの椅子なのである。

 

 

 

と、いいたいところだが、ひとつだけ、わたしにはいっておきたいことがある。このピーター・オプスヴィックによる名作椅子に、自分は非常によく「足の小指をぶっける」のである。

と、いうと「いいがかりやないのか?」とか、「ただの不注意やんけ」といった下品な関西弁のガヤが飛んでこないとも限らないので先にことわっておきたいのだけれども、わたしも学習能力のある大人である。もっといえば、頭脳労働に従事する、黒ぶちメガネである。アホではない。大切なことなので、もう一回いっておこう。アホではない。

また、もうひとつことわっておこう。わたしの足はいたってノーマルである。左足だけジャイアント馬場クラスのデカさであるとか、右足の小指にパラサイトが寄生していて「ときどき伸びる」といったことは、今のところない。型でいうと、日本人の約七割といわれる「エジプト型」をしており、親指がもっとも長く小指は短い。ちなみに、このエジプト型の男性は、心が優しく、人をよく信じるタイプで、ロマンチストであるということだ。

そのような、まったくもって人あたりのよい、だれにでも愛される黒縁メガネのわたしが、「よく足の小指をぶっける」といっているのだから、その信憑性を疑うという人の気がしれない。よっぽど心に闇を抱えているか、最初からわたしのことが大嫌いなのであろう。

 

では、なぜわたしが、このトリップトラップチェアに頻繁に足の小指をぶっけるのか(ちなみに、わたしの妻もよくぶっけている)。しかもただのぶっけ方ではない。たとえるならば、「足の小指をだけをつけ狙うスゴ腕のスナイパーに、見事に足の小指だけを撃ち抜かれた」かのような、デンジャラスかつ衝撃的な強度でぶっけているのである。わたしが隣室で仕事をしていると、がつん、といやな音がして、台所から女が女でないような声を上げ、うずくまっているという凄惨な事故現場を何度も見た。女に、どうしたのだと聞くと、「足の小指をだけをつけ狙うスゴ腕のスナイパーに、見事に足の小指だけを撃ち抜かれた」と言って死んだ。

このような悲劇にはいったいなぜに起こってしまうのか。この場を借りてできうる限りの考察を試みることにしたい。

 

 

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イラスト/石川恭子

 

 

前述したように、この椅子は人間工学に基づいた姿勢で正しく座ることを考えてつくられている。通常、椅子の構造というのは「背」「台座」「脚」の部位に分かれて構成されているが、トリップトラップチェアにおいては背およびそれを支える脚部は一体化されたモノコック構造で、横から見ると右方向に斜体のかかった「L」の形をしている。「L」の内側左右には等間隔で一四の溝がついており、その溝に、腰を下ろすための台座(床板)と、足を乗せる足板を好みの位置にはめ込むことができる。各板の場所を動かすことで、子どもが成長しても、そのたびに調節して使用できるようになっているのだ。

 

ふむ。デザイン性と機能性を両立させた、すばらしいデザインである。だが、「くせ者」なのはこの「L」の下の、床と接する脚の部位の長さである。構造上、人を座らせたときに安定性を保ち、バランスよく支えるためであろう、この床と接する「L」の下部分が「思っていたより長い」のだ。

と、いうと「それはお前の主観的意見やないか」「デザイナーのセンスが理解でけへんのか」「最近、ハゲてきたな」といった、品性下劣な、顔にボツボツのできた関西人のガヤが飛んで来るかもしれないが(だれや、ハゲいうたやつ)、わたしと同じく足の小指ぶっつけ連続障害事件の被害者である妻に聞いてみてもやはり、

「思っていたより、長かった」。

と言うのである。ではなぜ、トリップトラップチェアの脚が「思っていたより長い」のか──だんだんと核心に近づいてきたと思いませんか? ここからはぜひ、「名探偵がしゃべっている」と思って聞いてください。

 

「つまり、錯覚というやつだよワトソン君。一般的な椅子は、背もたれがあり、その背もたれの垂直線下に後脚がついている。なぜ、そこに足をぶつけないかというと、人は、背もたれの位置を認識して『このへんに椅子の脚があるな』と推測し、自らの足が接触しないよう無意識に避ける。ところが、トリップトラップチェアにおいては、後脚にあたる部分が背もたれよりもやや後ろに出ている。今ちょっと測ってみたら、約一〇センチも長かった。たかが一〇センチ? と思うかもしれないが、この一〇センチこそが、『くせ者』の正体なのだよワトソン君。ここで、被害者の『思っていたより、長かった』という証言を思い出していただきたい。人間の感覚において、この一〇センチは大いなる差異である。本来、背もたれの垂直下にあれば避けられた後脚と足の小指の接触が、『一〇センチ長いことによって』感覚との齟齬が生じ、不幸な事故につながってしまうというわけだ」。

 

 ──と、このようにわたしは結論づけたのである。

トリップトラップチェア。声に出すと、とてもリズミカルなネーミングのこの椅子。だけれども、あえてわたしはこういいたい。この椅子は、トリップトラップチェアなんかじゃなく、『トリック・トラップ・チェア』なのだと! 

ええか、俺はな、このだじゃれをいうために、がんばって、こんなに長い文章を書いたのやでワトソン君。なんでそんな顔しとるんや?

 

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