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クリエイティブと鼻の穴

コピーライター悶絶秘話

クール・ガイはホットに撒き散らす

 

クリエイターの定義とはなにか。そう問われれば、クールさである、とわたしはこたえる。なにせ、クリエイターと名乗るほどである。

クリエイターの仕事とはなにか。そう問われれば、クリエイティヴ、とわたしはこたえる。最後のブをあえてヴと書くことでさらにクールなかんじがいや増す。薄手のカーディガンを「ヴ」に引っかけたのなら、すぐに破れてしまうほど「ヴ」は尖っている。

だけどそんなときもクリエイターは、慌てたりはしない。「また買えばいいサ」。そう言ってクールに薄手のカーディガンに別れを告げるのだった。

 

なぜ、わたしが急にそんなことをいい出したのかというと、以前そんな雰囲気の人と会ったことを思い出したからです。

その肩書きからしてクールな、エグゼクティブ・プロデューサー(超速い外国のスポーツカーみたいだ)は、当時わたしが所属していた制作事務所にやってきて、ウェブディレクターと打ち合わせをした。

この業界の人には洒落者が多いが、そのエグゼクティブ・プロデューサー(最新式のシステムキッチンみたいだ)もご多分にもれず、薄紫のカーディガンに、テーパードした白い細身のパンツ。ブラウンのスウェード・シューズを履きこなし、「イタリアには行っていないがイタリア帰り」なムードを漂わせていた。しかも、いいにおいがした。

 

その日の夕方、打ち合わせスペースで担当者とさんざんクリエイティヴな話を終えたエグゼクティブ・プロデューサー(なつかしの超合金ロボットみたいだ)は、わたしのいるライターのシマへもやってきて軽く挨拶をし、社を後にした。

入稿を控え、かつ幾度となく襲い来る便意にも耐えていたわたしは、そのとき少々あせっていた。だけれどもそれはエグゼクティブ・プロデューサー(ナッツがいっぱいまぶったチョコレート・バーみたいだ)には関係がないので、すみません、きちんとご挨拶もできずに(モゴモゴ)と言って作業を続け、一段落したところでトイレのために席を立った。

日暮れどきで、あたりは薄暗くなっていた。当時の事務所は、ビルの廊下の奥に男性用の洋式トイレがあった。波乗りジョニーのような便意に耐えつつ足早にそこに向かい、電気が消えていたトイレのドアを開けようとすると、がきっ! と音がして扉が引けない。建物が古く、建て付けが悪いためだと思ったわたしは、苛々しながらがちゃがちゃと何度か引っ張ってみたところでハタ! と気がついた。

 

だれか入っている。

 

磨り硝子の小窓の向こうで微かに動いた人影に向け、あわてて「すみません!」と謝った。そのあと(なぜか)、扉の脇にあったスイッチ押して、トイレの電灯をつけた。それは、自分がトイレに入るときの一連の動作──ドアノブに手をかける→電気をつけるであって、つい考えもなくそうしてしまったもので、わたしはまたしてもあせって、「すみません!」と中のひとに言い、電気を消した。

小窓の向こうで人影が揺れた。

それから、すぐに「中にひとが居るのだから、べつに消すことはないじゃないか」とあらためて思い、

「あのう……やっぱり、つけときますね」と小さな声で言って、ヘンな間でパチリと電気を灯し、そそくさと逃げるように席に戻った。

 

デスクにて、自身のわけのわからない行動(つけたり消したりなんやねん)を反芻して懊悩し、頭を抱えた。早退してミサに行きたい気分だったが、またしても波乗りジョニーがもっと高い波に乗ってやってくるもので、ほとぼりの冷めた頃ふたたびトイレに向かった。

ほのかな香水の残り香で、さきほどトイレに入っていたのがエグゼクティブ・プロデューサーであることが分かった。大切な客人になんたる失敬なことを……と反省しつつ、ぱちりと電気をつけて、わたしは驚愕した。

 

便所の床が、びしゃびしゃだった。

 

自分の無軌道な行為によって、「だいぶ取り乱した」と思われるエグゼクティブ・プロデューサーが、便器のまわりで「だいぶ振り回した」ことにより、便座、床、壁にまでその琥珀色の液体が飛散していた。スプラッター映画の血しぶきさながらに。

も、申し訳御座いません。と心のなかで陳謝しながら、わたしは興味深い検証結果を得た。たといどれほどクールなクリエイターであっても、本気で狼狽したら過激に撒き散らすということを! 

 なお、その件の事後処理につきましては、当方が責任をもって原状回復に務めました。

 

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イラスト/石川恭子